1934年(昭和9年)
杉田商店創業
杉田エースの創業者、杉田三郎は、東京・神田、建築金物の卸商中薮商店で丁稚奉公として修行を行う。先輩たちを追い越して、一番番頭を任されるまでに至った後、23歳で独立するが、設立資金として蓄えていた1,100円の内、250円を投資先の企業の倒産で失う。残額850円というのは、開業資金や運転資金としてのギリギリの金額だったため、事務所は神田岩本町にある知人宅の2階を間借りしてのスタートだった。翌年、大阪の綿布問屋に奉公していた弟の正吉も事業を助けるため上京した。
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1942年(昭和17年)
企業整備により、一時廃業
戦時体制の強化により、企業整備が行われる社会状況の中、三郎と正吉の兄弟は、廃業を決意する。懸命な努力の末に築き上げてきた事業だったが故に、国に全てを奪われることが許せなかったことが、廃業決意の大きな要因であった。三郎は、その後、1944年に、厚木の海軍航空隊に召集。同じ部隊でフィリピンに配属された仲間が不幸にも全滅となることも身近で経験した。
1948年(昭和23年)
株式会社組織にし、株式会社杉田金属を設立
戦争が終焉を迎えると同時に、三郎は事業を再開する。弟の正吉もマレーシアの戦地から帰国後事業に参画。錠前を始めとする黄銅製建築金物の事業を軸に商売を展開し、約3年間で戦前の事業規模まで成長させ、株式会社に組織を改変(資本金100万円)。翌年には、正吉が軸となり東北・北海道への販路拡大にも取り組むなど、精力的に事業拡大を図っていった杉田兄弟の情熱を垣間みることができる。
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1961年(昭和36年)
新社屋が完成し本社を移転
この年、墨田区緑二丁目に建設された新社屋は、その後の急速な全国展開へと発展を遂げる軸となった。倉庫を完備した新社屋は当時においては最先端の設備を有していた。もう一つの発展の基盤である人材の確保には、この頃、正吉自らがあたり、東北地方を行脚するとともに、上京した社員を東京見物に連れていくなど、人生を預かるという意識のもと、我が子のように面倒を見ていた。
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1974年(昭和49年)
千葉県千葉市に千葉流通センターを設置
1966(昭和41年)、まだ海である埋め立て予定地の購入をいち早く決断したのは三郎だった。その埋め立て地にこの年完成した業界最大規模(2000坪)の流通センターが、その後、杉田の販売拠点として重要な位置を占めるようになった。三郎の先見性とまだ埋め立て前の海に投資する失敗を恐れない思い切りのよさが、成功の原動力になったといえる。
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1974年(昭和49年)
カタログ発刊
1970年代に入ると、ニクソンショックや二度にわたるオイルショックにより、日本経済は戦後最大の変革に見舞われる。そのような状況にもかかわらず、杉田は他社がどこも行っていない新たな取り組みを開始した。杉田エースが取り扱う全商品を掲載したカタログの制作である。設計事務所や建設屋に配布したこのカタログが、金物総合商社としての地位を高めるために大きく貢献した。
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1980年(昭和55年)
スギタグランドフェア開催
杉田単独の商品見本市スギタグランドフェアを開催。1978(昭和53年)に創業30周年記念式典と同時に椿山荘で開催された新商品発表、新たな交流創出の会の流れを受けたものだった。他社が全く取り組んでおらず、冒険的な側面もあったが、結果、金物業界をあつめた東京金物グランドフェアの会期売上が15億円だったのに対して、スギタグランドフェアは杉田独自の見本市にも関わらず、2日間で10億円の売上をあげた。
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1984年(昭和59年)
創業50周年に合わせ、杉田エース株式会社に商号を変更
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1987年(昭和62年)
杉田直良(現代表取締役会長)が代表取締役社長に就任
2000年(平成12年)
日本証券業協会に株式を店頭登録
(東京証券取引所JASDAQスタンダード)
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2012年(平成24年)
杉田裕介が代表取締役社長に就任
株式会社トクダ(平成25年10月にトクダマシモエース株式会社に商号変更)の株式を取得し、連結子会社とする
株式会社マシモ(平成25年10月にトクダマシモエース株式会社に商号変更)の株式を取得し、連結子会社とする
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2013年(平成25年)
ヨネミツ産業株式会社(平成25年7月にヨネミツエース株式会社に商号変更)の株式を取得し、連結子会社とする
2014年(平成26年)
創業80周年を迎える
コーポレートブランドロゴを一新する
単元株式数を1000株から100株に変更する
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